浜野佐知・プロフィール
 1948年生まれ。高校時代から映画監督を目指し、上京して映画界への道を探るが、当時日本の映画界は男性中心の社会であり、映画会社への就職条件は、「大卒・男子」で、女性を演出部として採用するような前例は皆無だった。

 1968年から、独立系の映画製作プロダクションで助監督として、映画製作にたずさわる。

 1971年、ミリオンフイルム(現ヒューマックス)から『17歳、好き好き族』で監督デビュー。

 1984年、映画製作会社・株式会社旦々舎を設立。代表取締役。
 以後、監督・プロデユサーを兼任し、「性」を女性側からの視点で描くことをテーマに300本を越える作品を発表する。

 1998年、忘れられた女性作家の生涯と作品を描いた『第七官界彷徨・尾崎翠を探して』(原作・尾崎翠)を自主制作。同作品は、日本芸術文化振興基金・東京女性財団の助成を受け、鳥取県及び日本全国から1万2千人を超える女性達の支援を受けて完成する。
 同年、第11回・東京国際女性映画祭への出品を皮切りに各地の映画祭で上映し、日本インデイペンデント映画祭で林あまり賞を受賞。また、ドイツ、フランス、アメリカ、エジプト、韓国、と世界各地の女性映画祭に招かれる。

 1999年、岩波ホールにて特別上映。また、国内各地の女性センターや、アメリカ・コロラド大学やニューヨークのジャパンソサェティ等での上映と講演を重ねる。

 2000年、「第4回・女性文化賞」受賞。

 この年、高齢者の性愛を描いた桃谷方子さんの小説「百合祭」(1999年、北海道 新聞文学賞受賞・講談社刊)に出会い、映画化を決意。

 2001年、日本芸術文化振興基金の助成を受け、自主制作。映画『百合祭』完成。
 同年、第14回東京国際女性映画祭、あいち国際女性映画祭、京都女性映画祭出品。
 「日本女性会議2001」を始め、各地の女性センター等で上映。

 2002年、イタリアの第9回トリノ国際女性映画祭で「セコンド・プリミオ」(準グランプリ)を受賞(長編劇映画コンペテション部門)。
 2003年、アメリカ・フィラデルフィア国際映画祭、ブラジル・ミックスブラジル国際映画祭でグランプリ受賞。
 香港国際映画祭、台湾国際女性映画祭、モントリオール世界映画祭、ボルドー国際女性映画祭、シエナ国際女性映画祭、等世界18カ国・48都市の映画祭に招かれる(うち20都市を訪問)。
 ピッツバーグ大学、コロンビア大学、ミシガン州立大学等でも上映と講演を重ねる。

 2002年、1月から3月末まで、平成13年度文化庁派遣の芸術家海外研修員として、「女性と映画と運動−女性映画祭の今日的な存在理由に関するひとつのアプローチ−」を研修テーマに渡仏。

 2005年1月、平凡社より「女が映画を作るとき」(平凡社新書)を出版。

 2005年3月〜4月 ヨーロッパ・アジア交流基金の招聘により、『百合祭』と共にフランス、ドイツ、オーストリアを訪問。

 2006年、鳥取県の支援事業として、映画『こほろぎ嬢』(尾崎翠原作「歩行」&「地下室アントンの一夜」&「こほろぎ嬢」)をオール鳥取ロケで完成。10月鳥取全県(鳥取市・倉吉市・岩美町・若桜町・米子市)先行ロードショー。第19回東京国際女性映画祭出品。2007年1月、シネマアートン下北沢(東京都世田谷区)で新春ロードショー。

 2009年3月、東京から尾崎翠を発信する初めてのシンポジウム「尾崎翠の新世紀−第七官界への招待−」を開催。実行委員長を務める。

 2010年10月、15年来の念願の企画であった映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』(原作・沢部ひとみ)がオール静岡ロケでクランク・イン。東京と静岡に「浜野佐知監督を支援する会」が生まれ、積極的なカンパ活動やロケ協力に力を注ぐ。

 2011年3月、『百合子、ダスヴィダーニヤ』完成。6月のロケ地静岡での先行上映を皮切りに全国での公開を開始。

 2012年より、トルコ、韓国、ドイツ、スイス、オランダ、オーストラリア、アメリカの映画祭に招かれ、上映とトーク。

 2013年 スロベニアの首都リュブリャナで開催された第29回リュブリャナG&L映画祭で「ピンクドラゴン賞」(審査員賞)を受賞。

 2014年 初のデジタル撮影で『Body Trouble - 男が女になるビョーキ?』(R-15作品)完成。

 2015年4月に開催される「浜野佐知ジェンダー映画祭」にて初公開。以後全国にて自主公開の予定。