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日本海新聞2000年6月17日
尾崎翠 海越え羽ばたく 研究者が英訳、出版へ
 「第七官界彷徨」などの作品で知られる岩美町出身の女流作家・尾崎翠(1896ー1971)の作品が英訳されることが決まった。十四日に米国の大学の研究者が鳥取市を訪れ、尾崎の著作権所有者から許可を得た。出版を計画しており、尾崎作品が初めて海外に紹介される。
 尾崎の作品を英訳するのは、米インディアナ大学で日本文学や日本語を教えている餘野木玲子さん(59)。十四日に鳥取市を訪れ、尾崎の親類で作品の著作権所有者の一人である松本敏行さん(68)や早川洋子さん(69)から英訳する許可を得た。
 この日、同市職人町の養源寺にある尾崎の墓や文学碑を訪れた餘野木さんは「尾崎の作品は複雑で一口では言えない魅力がある。自分の経験を基にしていながら、私小説になっていない。“もう一人の自分”という概念を前面に出しているのは、当時の女性作家ではいない。『第七官界彷徨』はアメリカの学生に受けるのでは」と話している。
 英訳する作品は未定だが、近く出版する計画。尾崎作品の英訳は、日本の大学で英語のテキストとして使っている例はあるが、出版されて海外で紹介されるのは初めてとなる。
 尾崎は1920年代から30年代初期に特異な作風で注目された。その作品と生涯は「第七官界彷徨 尾崎翠を探して」として映画化され、国内外の映画祭で上映されて好評を得ている。

共同通信2000年5月2日配信記事
「尾崎翠が世界でブーム」
映画や文学作品 奇抜さ、ユーモア受ける
「山陰中央新報 2000年5月8日号」

 大正から昭和初期にかけて活躍した異色女性作家、尾崎翠(1896ー1971)の生涯と代表作を映画化した「第七官界彷徨 尾崎翠を探して」(浜野佐知監督、98年製作)が、国内外の映画祭で反響を呼んでいる。海外の比較文学会でも上映が予定され、カナダの学者が国際的視野から尾崎文学を論じるなど、新たな尾崎翠ブームが起きている。
 映画は現代のゲイパーティーのシーンに始まり、郷里の鳥取での翠の死から林芙美子ら文学仲間と交流した東京時代へとさかのぼる実人生の時間と、人間の第六感をも越えた深層心理に分け入る代表作「第七官界彷徨」の不思議な小説世界を交差させつつ、複数の時間・空間を行き来するモザイク風のユニークな構成。
 鳥取や東京でロケ、翠役を白石加代子、小説の主人公役を柳愛里が演じ、出身地の鳥取県岩美町を皮切りにこれまで国内三十五ヵ所で上映され、日本インディペンデント映画祭(今月五月三~六日、東京・銀座のル・テアトル銀座)の受賞作品の一つともなっている。
 海外でもドイツ・ドルトムント女性映画祭、同ベルリン・エスノ映画祭、エジプト・アレキサンドリア映画祭のほか、米国のピッツバーグやニューヨークで上映。二十二年の歴史を誇るフランス・クレティーユ国際女性映画祭では今春、コンペ部門に出品して、世界の第一線の女性監督たちと交流した。
 ニューヨークのジャパン・ソサエティーの上映では、苔(こけ)が恋愛したりするシーンに、観客が感度よくどよめく瞬間も。「翠文学の持つ着想の奇抜さやユーモラスな展開が、モノを通して語られるので、案外観客の胸にストレートに染み込んでいくようだ」と浜野監督は話す。
 また、クレティーユでは賞こそ逸したものの、「ボーヴォワールの『第二の性』を想起した。彼女の思想や生き方の影響は受けているか」と思いがけない質問まで飛び出し、多くの観客から尾崎作品のフランス語訳を切望されたという。
 最近、カナダ・モントリオール大学教授のリヴィア・モネが国際的な視野から長文の尾崎翠論を発表するなど、尾崎文学は海外でも注目されだした。今年十月には米国コロラド大学、来年八月にはカナダ・トロント大学の比較文学会での映画上映もある。
 尾崎翠は同時代の人々には深く理解されない孤高の作家だった。だが近年、再評価の動きが強い。さらにこの映画化もあって、彼女の文学が、いま世界に広まりつつあるようだ。