砂丘を歩く、「こほろぎ嬢」
(鳥居しのぶ)
柿を手に、
幸田当八に片恋する、
小野町子(石井あす香)
動物学実験室で子豚を抱く、
土田九作(宝井誠明)
「松木夫人」役の
吉行和子さん
砂丘で地元TVの
取材を受ける、浜野監督
倉吉白壁土蔵群での撮影風景

作品紹介

人間の肉眼といふものは、宇宙の中に数かぎりなく在るいろんな眼のうちの、わずか一つの眼にすぎないぢゃないか
浜野佐知監督作品

-原作-
尾崎翠
「歩行」「地下室アントンの一夜」「こほろぎ嬢」

−キャスト-
石井あす香 鳥居しのぶ
吉行和子 大方斐紗子
片桐夕子 平岡典子
外波山文明 宝井誠明 野依康生
イアン・ムーア デルチャ・M・ガブリエラ
リカヤ・スプナー ジョナサン・ヘッド

-製作-
株式会社旦々舎
企画:鈴木佐知子 脚本:山崎邦紀 撮影:小山田勝治
照明:津田道典   美術:塩田仁   デザイン:奥津徹夫
音楽:吉岡しげ美  編集:金子尚樹  助監督:酒井長生
制作:横江宏樹  ヘアメイク:馬場明子
ポスターデザイン:横山味地子  ポスター写真:池田正晰
題字:住川英明

−後援−
鳥取県 倉吉市 岩美町 若桜町 米子市 鳥取市

-助成-
鳥取県支援事業

百年早かった天才!
尾崎翠の不思議で可笑しい世界を完全映画化!
 私たちは、98年に『第七官界彷徨‐尾崎翠を探して』(浜野佐知監督)を製作しました。東京国際女性映画祭に出品した後、岩波ホールでロードショー公開し、国内の女性センターや世界各地の映画祭、大学などで上映してきました。この作品は、翠の代表作である「第七官界彷徨」と、その当時は謎とされていた翠の後半生を、モザイクのように描いたものですが、翠の心髄である、シュールなまでの奇想と、比類のないユーモアの精神は、国境や人種を越えて伝わることが実証されました。また、この映画をきっかけに、地元鳥取でも、翠を世界に向けて発信する「尾崎翠フォーラム」が発足し、今年で6回を迎えようとしています。
 前作の製作当時は、県内でも尾崎翠を知る人が少なく、また誤った不幸伝説が流布していたため、実人生にスポットを当てる必要がありました。この映画によって、困難な時代を生きた、等身大の尾崎翠像が定着したものと自負しています。しかし、尾崎翠に、啓蒙や解説が必要な時期は、すでに過ぎました。私たちは、翠の作品世界そのものと向かい合い、「歩行」「地下室アントンの一夜」「こほろぎ嬢」という、翠が筆をおく直前に執筆した、最後の短編小説3作を、併せて映画化します。
 これらの作品は、長い間、方法的な模索を重ねてきた翠が、「第七官界彷徨」で独自の世界を築き上げ、精神的にも技法的にも、ピークの時期に書かれました。それぞれ独立した短編小説ですが、登場人物も共通し、愛すべき人間心理の分裂を描いた、連作とも言うべき作品です。ここで翠は、目の前の具体的な現実とは異なる、人の心の中の、もう一つ別な現実の可能性や、普通、人間の男女の間に成立すると思われている「恋愛」の概念を拡大させ、宇宙の目から、地上の人間や動物、植物、鉱物の関わり合いを、ユーモラスに見つめています。なかでも、一人の人間の中の男性と女性の分裂を描いた、ウィリアム・シャープとフィオナ・マクロードのエピソード(「こほろぎ嬢」)は、今日のジェンダーやセクシュアリティの問題を予見した、あまりにも先駆的な問題提起でした。
 私たちが今回取り組むのは、翠の奇想とユーモアに支えられた「不思議の国の恋愛映画」です。なお、「地下室アントンの一夜」は、翠にとって最後の小説となりました。

孤独で変てこな「片恋」こそが美しい!
 尾崎翠は、カフカのように新鮮だ。映画『こほろぎ嬢』は、最後の短編三本「歩行」「こほろぎ嬢」「地下室アントンの一夜」を、連作として映画化したもの。登場するのは、どこか現実離れした風変わりな人物たちだが、みんな孤独で、みんな恋をしている。どれも決して実ることのない、夢か幻のような恋ばかりだが、それも当然、彼らは対(カップル)になることを望んでいないのだ。
 キーワードは「分裂心理学」。尾崎翠の「独断的命名によるナンセンス心理学」だが、人間や動物までも分裂した存在として、ユーモラスに捉える。登場人物の一人が、全国を旅しながら、分裂心理の調査をしているが、人間や生き物を、滑稽な存在として肯定するのが分裂心理学だ。「地下室アントン」は、孤独で分裂した地上の人間たちの逃げ込む、安息の場所だが、現代の「地下室アントン」は今いずこに?


オール鳥取ロケで蘇る1930年代の幻想的な時空
 2006年5月、鳥取県下の倉吉市、米子市、若桜町、岩美町、鳥取市でロケが行なわれた。1930年代の時空を甦らせるため、各市町村に残る重要文化財や有形文化財など、貴重な歴史的建造物が、ふんだんにロケ・セットとして使われている。原作「こほろぎ嬢」のシャープ氏とマクロード嬢のエピソードは、山陰を代表する洋風建築で、国の重要文化財に指定されている仁風閣で撮影された。また、尾崎翠の作品世界に大きな影響を与えた、鳥取の海や山、砂丘、そこを吹く風や空気などが、繊細なカメラワークで捉えられている。

国重要文化財・仁風閣
(鳥取市)
熊井浜 (岩美町) 不動院岩屋堂 (若桜町)

ストーリー
 故郷で、お祖母さんと暮らしている少女、小野町子。東京から心理学研究者、幸田当八が訪れ、戯曲の恋のセリフを、町子に朗読させる。ロマンチックな恋のセリフを、何日か朗読した町子は、当八が去った後、彼の面影を胸にいだいて、毎日を夢見るように暮らす。
 町子は、お萩とおたまじゃくしのビンを持って、引きこもり詩人の土田九作を訪ねる。「カラスは白い」という詩を書いた九作が、今度はおたまじゃくしの詩を書くと聞き、憤った動物学者の松木氏が、町子に実物を届けさせた。九作は、町子が深いため息をつくのを聞き、彼女が片恋をしていることに気づく。町子に惹かれる九作。だが、現実に恋をしてしまうと、恋の詩が書けなくなるといって、自分から町子を遠ざける。
 こほろぎ嬢の恋の相手は、図書館の奥で見つけたイギリスの神秘派詩人シャープ氏と、恋人のマクロード嬢だ。お互いに熱烈なラブレターまで書いた二人だが、実は…。


尾崎翠
 小説家。1896年、鳥取県に生まれる。1930年前後に、いくつもの傑作を書きながら、三十代半ばにして親族の手で故郷に戻された。その後いっさい小説を書くことはなく「尾崎翠は気が狂って死んだ」と思われていた。実際には、戦中戦後の困難な時期を、甥や姪の伯母さんとして誇り高く生きた。長らく「幻の作家」だったが、1979年最初の全集が編まれ、注目を集める。最近、その作品の現代性が、世界的に見直されている。


浜野佐知
 尾崎翠の代表作「第七官界彷徨」を、1998年に映画化する。それまで謎だった翠の晩年と合わせて描いた『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』は、女性芸術家の発掘・再評価として、世界各地で高い評価を受けた。
 2006年、鳥取県の支援を受け、再び尾崎翠作品に取り組んだのが本作。他に製作&監督作品として、老年のセクシュアリティを描いて世界的なセンセーションを巻き起こした『百合祭』(吉行和子主演。2001年)など。

吉行和子さんと。 倉吉市の「豚さんチーム」と。

『こほろぎ嬢』監督インタビュー

★関西どっとコム(予告編も観られます)
http://www.kansai.com/cinema/interview/070419_interview3.html